2014年11月11日火曜日

徳大寺有恒さんが亡くなった。

嗚呼…。徳大寺さんの本を読み始めたのは小学生1年の時だったか。なんだか難しいこと書いてあるなぁと思いつつ面白くて毎年間違いだらけを買っていました。それから20年以上たってとあるアルファ特別仕様の発表会でお見かけし、恐る恐るお声をかけさせていただきました。
「初めまして、森と申します。徳大寺さんのおかげで、いや、徳大寺さんのせいで、人からアホと言われるほどのクルマ好きになってしまいました。握手させてください」
「そうですか…ではもっともっとクルマ好きになって下さいね」

Instagramより
そのあと、不思議な縁があるものでソーシャルメディアで知り合った友人がかつて徳大寺さんとお仕事してたということで、ご自宅にお伺いすることがありました。
渋滞してて遅れるとベランダに立っててずっと待っててくれたようです。ヘミングウェイの小説に「大人の男同士が友人になるにはシガーがあればいい」とありました。徳大寺さんのシガー好きはつとに有名でしたからとっておきの一本を持って行きました。書斎にて煙にしてしまおうという算段。お渡しするとにっこり微笑んで「こういう良いものはもっと時間のあるときにゆっくりやりましょう」とお受け取りになりませんでした。一流の配慮であり美学だったのでしょう。『あの映画で出てきたあの年式のフォードはナ、オプションでオフホワイトとスカイブルーのツートンがあってそりゃオシャレなもんだった」など、凄まじい記憶力と知識教養の深淵に驚いたものです。
さらにそのあとお台場で行われたコンコースデレガンスでなぜかご一緒することに。麻のハットにブレザーで、コーディネート完璧。こんなおしゃれな方がいるのかと、まるでペブルビーチにいるかのような気分でした。一見地味なフォードモデルBの2ドアセダンをじっと見て「森くん、ボクはこれが一番素敵だと思うナ」とじっと見られてました。そこに目を止められなかった自分の見る目のなさを嘆いたものです。
ちょうど去年くらいから手放してしまってた著作を古本屋で買い戻して再読していたところです。30年、20年前の著作に書かれていることはもはや『よげんのしょ』です。たぶん当時、そんなことが“見えていた”のは徳大寺さんだけだったでしょう。当時読んでも「ふーん」くらいにしか思いませんでしたから。
そして、バブルだ、ブランドだと、浮かれる時代にスタイルや様式、テイストといったことを書かれていたことを含めて、あまりに飛び抜けた仙人かちょげのような方だったんだなぁ、と。
知る限りにおいて、ジャガーというブランドについて書かれた
日本語の文章で、この本の第一章にあるものより
素晴らしいものを私は知らない。

クルマに単なる工業製品やスペックや移動手段でない、移動の自由や権利や楽しさや文化など様々な側面と深さがあることを教えてくれたのが徳大寺さんでした。そして、クルマからワタシはスタイルや様式や文化や、歴史や、階級やダンディズムや、デザインやら産業やら経済やらを学びました。多分それが今の自分を形作っていますし直接的間接的にそれが仕事にもなってます。そのきっかけは間違いなく徳大寺さんです。
亡くなった方を偶像化する趣味はありませんが、これで本当に「クルマの神様」になられてしまったのだなぁ…と思います。
「次来た時はゆっくりシガーをやりましょう」は果たせませんでした。残念です。
ありがとうございました。あちらでヘンリー・フォードさんやウィリアムズ・ライオンさんや小林章太郎さんとクルマ談義してて下さい。ご冥福をお祈りいたします。

※2014年11月8日のFacebookポストより再掲